父親の事。何か弱ってきた

 

珍しく、家族のことについて書いてみようと思います。
自分にとっては、大事件が起こりました。

 

私の父のこと。

 

父と私は、とても仲が悪かった。
典型的な団塊の世代じみた価値観からしか物事を見られない父に、子どもの頃の私は常に反発していた。
酒を飲んでは殴り合いになったりしたこともあった。

 

そんな父に、先日そろそろ結婚すると報告するため電話したところ、

 

「しばらく前に俺のお姉ちゃんが亡くなった。四十九日で親戚一同集まるから帰ってきてくれ」

 

父方の親戚には、ほとんど会った記憶が無い。そもそも私が「家族」「親族」というものに、最近まで興味が無かったからだろうか。
だからこそ、今親戚と会って話がしたいと思い、先日とんぼ返りにはなるが、帰ることにした。

 

首都圏の咽せるような空気を吸いながら、実家へ。
父親と二人きりで車に乗った。いつものように、父親は私の反応を気にかけずに一人語りを始めた。

 

兄弟姉妹と亡くなった姉のことで口論があったこと。
特に二番目の姉には昔から逆らえず、お金を払わされたり、自分の時間を過剰に奪われたりしてきたこと。
二番目の姉に振り回されて後始末はすべて自分が引き受けてきたこと。
会社員時代、仕事でも似たようなことがあり、危うくタダで仕事を引き受けそうになったこと。
今回も例外なく、面倒なことだけ自分が引き受けさせられていること。

 

どこまで本当なのかはわからないにしても、
この日、父親と一緒に過ごしてみて、不器用で弱々しく、誰かを思いやろうにも優しくしすぎることでしか人と接することができない父親の姿が見えてきた。
その反動として、実家の外では横柄に振る舞っていたのだろう。

 

もしかしたら-あくまで私の主観からだけど-父親が酷い・みっともないことをしていたときはこんな状態だったかもしれない、と一日父親を見て感じたこと。
人を笑わせようとしても、自分がおもろいと思ったことしか言えない。でも、笑わせなければいけないと思い込んでじたばたする。
人に優しくしようとして、すぐに何でも引き受けるが、自分がしんどくなって、自分に優しくしてくれると信じたり、期待している家族に八つ当たりする。
自分が正しいと思わなければ恐怖感に襲われ、自信を失ってしまうから、なんとか威厳を保とうとして暴力的な態度をとる。
なんとか自分をよく見せよう、なんとか強く見せよう。褒められたい、気遣われたい。うまくいかない。

 

私もこういう特徴が強い。
父との不仲を理由に、「私は父親には似なかった」と思い込もうとしたが、そうではない。
父親の不器用なところは、たいがい受け継いでいる。そして母親も自覚はしていないが、夫婦だからなのか、同じようなところが少しだけある。

 

親戚とともに法事を行い、父親がなんとか段取りをして実家で会食をする。
気の強い親戚達は会話のドッジボールをする。ことばの一方通行。けんかではないけれど、はたからみれば虚無。
会話の流れにいまいち乗れない父親と、乗らない母親。
結婚報告はよろこばれど、翌日には親戚達は忘れているかも知れない。そんなノリ。

 

後に残ったのは食べ残しと、大して飲んでいないのに疲れ果て、
酔っ払ってつぶれかけの父親。法事からずっと、遠い目をしていた父親。

 

この日、私ははじめて本気で父親にこう言った。
「大丈夫か、しっかり」

 

この流れは、自分の代で終わりにしよう。風向きを変える。
そして、子どもたちには不器用で複雑に、ではなく、素直に生きてもらえるように自分が示すのだ。
すべてを、捨てる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

4 × one =